トピックス
「南気仙沼復興広場」周辺の道路整備が完了しました
2023年1月10日
気仙沼市を流れる大川沿いに整備が進められていた「南気仙沼復興広場」が完成しました。
それに伴い、これまでは気仙沼中央公民館を含む一帯へ行くには、北側の道路(魚市場・中谷地線)からしか入れませんでしたが、曙橋がかかる南側(潮見町赤岩五駄鱈線)から入る道路も利用できるようになりました。そして、復興広場、中央公民館、野球場、サッカー・ラグビー場を含む一帯が「大川さくら総合公園」と命名されました。
復興広場内には、東日本大震災の被害を伝える民間の伝承施設「命のらせん階段(旧阿部家住宅)」もあります。被災市街地復興土地区画整理事業の関係で、被災時の場所から曳家で現在の位置に移動していますが、周辺が整備されていく中、被災の爪痕を伝える貴重な施設となっています。
謹賀新年
2023年1月4日
謹んで新春のお慶びを申し上げます
旧年中は格別の御厚情を賜り 厚く御礼を申し上げます
本年も社員一同 皆様のまちづくり活動に寄り添うサービスを心がけてまいりますので
ご愛顧を賜わりますようお願い申し上げます
皆様のご健勝と益々のご発展を心よりお祈りいたします
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます
令和4年も大変お世話になりました
2022年12月27日
令和4年も大変お世話になりました
大寒波による影響を受けた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
本年も格別のご厚情を賜り、心より感謝申し上げます。
時が過ぎゆく速度が、年々歳々加速していると痛感するこの頃です。
皆様にとって、新たな年が幸多く素晴らしい年となりますよう心よりご祈念申し上げます。それでは、良い年をお迎えください。
〈当センターは、年末年始の2022年12月29日(木)~2023年1月3日(火)までお休みさせていただきます〉
気仙沼「化粧坂の改良工事」の情報です
2022年12月14日
気仙沼は、リアス式海岸に特徴的な起伏があって平地が少ないことから、坂道が多い地域です。その中には名称のついた坂もあります。
主なものとして、「どろぼう坂」、「化粧坂(けしょうざか)」、「煎餅坂(せんべいざか)」、「追越坂(おいこしざか)」、「ザワザワの坂」、「三坂(さんさか)」と呼ばれる坂が存在しています。
今回は、その中から「化粧坂」の現在の様子をお伝えします。
この名前の由来は、一説によると、お神輿が地域を回る際に、この坂でお飾りを整えた(化粧直しを行った)ことからその名がついたともいわれているようです。
平成4(1992)年に全通した気仙沼バイパスが国道45号線となるまでは、化粧坂を経由する道が国道45号線でした(現在は県道26号線となっています)。
道幅・歩道ともに狭く、曲がりくねって道の両脇に家が立ち並ぶ昔ながらの街道の面影を残した坂でした。
気仙沼の南部地域から現在市役所のある中心部へと向かう道であることから、今でも交通量が多く、また、災害時の第一緊急輸送道路となっているため、令和元(2019)年11月に改良工事が開始されました。
現在は工事も進み、広く直線的になった新たな道として、令和4(2022)年度内に供用が開始される予定です。
〈化粧坂の様子〉
京都府立大学の皆さんをご案内いたしました
2022年11月10日
「京都府立大学 生命環境科学研究科」の皆さんが実施している、東日本大震災被災地における遺構伝承施設視察調査のうち、気仙沼市内の施設について説明をさせていただきました。
気仙沼地域は、他の三陸沿岸部同様に度重なる津波による被害を受けています。明治以降に、特に大きな津波被害をもたらしたものだけでも、1896年に発生した「明治三陸地震」、1933年の「昭和三陸地震」、1960年「チリ地震」が原因で発生した津波があげられます。津波の常襲地といっても過言ではないでしょう。
だからこそ、その教訓を今~未来に伝えるために、口伝や書物だけでなく、沿岸各所に津波にまつわる石碑等の伝承物が設置されてきました。
東日本大震災においても、さまざまな形の伝承する“もの”ができました。
今回は、その中から「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」、「気仙沼市復興祈念公園」、「東日本大震災杉ノ下遺族会慰霊碑」の調査に同行し、その選定の経緯等について説明しました。
〈“もの”から伝わること〉
災害を伝承する“もの”は、場所や施設によって、伝わるものは多様であり、「実際に見て感じとる」ものと、「刻まれた文字から得る」。ものにより伝わり方に差異はありますが、どのような理由で、なぜそこに存在しているのか、ひとつひとつの“もの”に込められた意味に想いを馳せ、自分事として置き換えてみることが命を守ることにつながると考えます。
気仙沼まちづくり支援センターでは、調査研究や各種視察のコーディネートを行っています。
お気軽にお問い合わせください。